北之庄むかしMap「里湖(さとうみ)遊歩道」


近江八幡の北之庄町は、八幡山【はちまんやま】(鶴翼山【かくよくさん】)北東のふもとから広がる、水郷地帯にあります。この地図は、昭和30年代頃の自然が残る北之庄の風景をイメージして作成しました。

北之庄沢

北之庄を象徴する四角い形の「北之庄沢」は、広さ約17,5ha(東京ドーム3,7個分)で、地元では「込田【こうだ】」という名前で呼んでいました。昔は、子どもたちが泳いで貝や魚つかみなどして遊んでいました。

八幡山・村雲瑞龍寺

標高271.9m の八幡山【はちまんやま】(鶴翼山【かくよくさん】)。1585 年に豊臣秀次が八幡山にお城をつくりましたがわずか10年でこわされました。頂上にある村雲瑞龍寺【むらくもずいりゅうじ】は、1596年、豊臣秀次を供養するために、京都に建てられ、昭和36年に京都よりその主な建物が八幡山に移されました。

田舟を使って牛を運ぶ

昔、農家の人は田舟と呼ばれる小さな舟を使い、水郷地帯の水路を通り、田畑に行きました。田んぼを耕すための大きな牛や刈り取った稲を乗せるときは、2そうの田舟をくくりつけて運んでいました。今では、見ることのできない、農村の風景です。

伝統野菜 北之庄菜づくり

江戸時代の終わりごろから、主に農家の人が、お漬ものをつくるために北之庄菜を作っていました。しかし、自分の家でお漬ものを漬ける人が少なくなり、また高度経済成長により食べるものが変わってきて、作る人がいなくなりました。

タツベ、モンドリで漁業

タツベ、モンドリというヨシ原の浅瀬に寄ってきて産卵する魚を捕まえる竹製の道具でうなぎ、フナ、モロコ、アユ、ボテジャコなどいろいろな魚を捕っていました。

北之庄沢の鳥たち

ヨシ原には、ヨシキリ、カイツブリ、ホオジロ、モズなどの鳥たちが数多く生息していました。

水郷めぐり

昔は、農家の人が田んぼに行く時に田舟で利用していた水路ですが、今では、のどかな風景を楽しむため、観光用の手こぎの和船がゆっくり通ります。水郷めぐりの途中には、水郷の守り神「よしの大竜神」のほこらがあります。

淡水真珠の養殖

びわ湖にしか生息していない「イケチョウガイ」を使って、自然な形が特徴の淡水真珠を養殖していましたが、びわ湖の水質が悪くなり今では、作る人が少なくなりました。

八幡瓦

北之庄沢の田んぼの下には質の良い粘土があり、農家の人はそれを瓦屋さんに売っていました。これで、有名な八幡瓦が作られていました。

ヨシ焼き

春になるとヨシを借り取り、その後に火をつけて焼きます。ヨシは、水中のチッ素やリンを吸収するので、焼くことによって水をきれいできます。また、雑草や害虫を追い払い、燃えた灰は肥料になり、新たらしい芽が元気よくでてきます。